昇竜の道は隘路に(irony?)
海千山千という語句を辞書で引いた。「長い年月にさまざまな経験を積んで、世の中の裏も表も知り尽くしていて悪賢いこと。また、そういうしたたかな人」とある。医者になって二十五年以上になると、医学や医療の裏も表も知ってしまい、多少ずる賢くなるのは人の世の常だとうそぶくと、とたんに唇が寒くなった。海千山千は「海に千年、山に千年」の略で、海に千年、山に千年棲みついた蛇は竜になるという中国の古い言い伝えからきている。元来の意味は、その道に長く精進していると、立派な人になれるということらしい。それが日本に渡り、幾世代の年月を経て、件の解釈に
たどり着いたというわけだ。昨年の九月に開業し、医者としての「海千山千」はともかく、開業医としての「海千山千」にはほど遠い。辰年の正月、空を仰ぐと、いつになく晴れ晴れとした気持ちになる。そして自らに語りかけた。小さな蛇も、正直に地道に努力すれば、幾年月を経て立派な竜になれる。昇竜の道は与えられた開けた道ではない。自らの志で切り開く隘路の中にこそあるのだと。
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